孤高の刃が、造形に余白を刻む。
── 美と構造が交差する。
ブラフシューペリア ダガー
ダガー その名が示すのは、切っ先の鋭さだけではありません。それは、沈黙の中に張り詰めた緊張を湛え、形そのものが語る静かな意志。ブラフシューペリアの系譜に連なるこのモデルは、鋭さと静謐さが同居する異端にして本流の存在です。その設計思想の背景にはジャンビーヤ、湾曲した中東の短剣の記憶があります。1917年、アカバ攻略を成功させたT.E.ロレンスは、シャリーフ ナシールから銀装飾のジャンビーヤを贈られました。それは武器ではなく、敬意と連帯の象徴であり精神の継承そのものでした。彼がローブの上から常にそれを帯びていたのは、内に抱えた信義を静かに示すためだったのでしょう。このダガーという名のモデルには、そうした精神の輪郭が刻まれています。ロレンスの名を冠したモデルが思想の継承であったならば、ダガーはさらにそれを抽出し、形態そのものに精神性を凝縮させた構造体です。造形は大胆にして抑制的。どの角度から眺めても緊張の美学が漂う。ボリューム感を削ぎ落としたフレームラインや、張りつめたタンク上部のプロファイルには、削ることで生まれる気配、余白が語る力が宿っています。その存在は、静けさのなかに佇みながら明確な輪郭を持ちます。見る者に選択を迫るわけではなく、ただそこに在ること自体がメッセージ。それは言葉のいらない構造による対話であり、造形という形式を借りた思想の顕現です。刃の名を継ぎながらも破壊ではなく、精度と沈黙によって世界を切り分けるモーターサイクル。ブラフシューペリアの哲学がさらなる精緻を纏い、静かにここに息づいています。
ダガーの造形には、語りすぎることを厭うような抑制の美しさがあります。ただ在る、という静かな構えそのものが、すでに揺るぎない意志の表明であり、ひそやかな挑発のようにも感じられます。全体を貫くのは、研ぎ澄まされた沈黙。その線は直線ではなく、力の流れを内包した曲線で構成されており、そこには物理よりも情念に近い輪郭が浮かび上がります。フロントマスクは、円形のヘッドライトを中心に据え、すっと前方に絞り込まれるノーズコーンによって、静けさの中に俊敏さを予感させます。空気を切るのではなく、空気と和することを選んだかのようなその表情からは、対話を志す姿勢が滲み出ています。最新の技術、CNC加工によるアルミパーツの精密なディテールには、手のひらに伝わる冷たさまで想起させる緊密さがあります。車輌を覆うのは、カーボンファイバー。それは飾りではなく、軽さのためだけでもありません。織り込まれたその繊維が語りかけてくるのは、素材そのものが宿す沈黙の力であり、無垢な剛性、そして構造としての祈りです。深く艶を抑えた黒が車輌全体を支配し、その闇の中にひっそりと浮かぶゴールドのアクセントが、控えめであるがゆえに、なおさら深い余韻を残します。排気系は、2本出しという誇張を捨て、車輌下方に収束された2 in 1の構成。静けさを伴う力。それは雄叫びではなく、低く深く鳴る唸りとなって車輌の芯を貫きます。その音ですら構造の一部として緻密に設計されており、走行中にはライダーの思考と音が並走するような一体感が生まれます。ハンドルの位置は低すぎず、高すぎず、絶妙な高さに設定されています。意図された前傾姿勢は、無理なく意識を前方へ導き、走行のためだけでなく、精神のあり方としての謙虚さを含んでいるようです。足元のステップやリンク類にいたるまで、一切の無駄がありません。削り出された各パーツはすべて、機能と造形を等しく備え、冷たさのなかに静かな熱を宿しています。テールエンドは、突き詰められた抑揚の中で、まるで最後の一筆のように鋭く収束。シングルシートカウルがその終端を際立たせ、座面に彫り込まれた「Dagger(ダガー)」の文字は、紋章のようにこの車輌の精神を刻みます。確かに存在する静かな刃としての姿が、見る者の心の奥に語りかけてきます。ダガーとは、かたちではなく、構えそのものなのかもしれません。その佇まいに心惹かれたとき、すでに言葉を交わすことなく、何かが通じ合っているのでしょう。美は主張せずとも、揺るぎなく佇みます。
この車輌において、技術とはただ機能を達成するための手段ではありません。それは、意志を物質へと翻訳するための、密やかな言語のようなもの。ダガーの機構には、音もなく整列した思想の粒子が潜んでおり、そこに宿るのは数値や性能という名の数字ではなく、形の中に沈殿する美意識です。エンジンは、水冷 88度 V型2気筒 997cc。この数列が示すのは、機械としての構成要素であると同時に、力を精緻に束ねるための秩序そのもの。出力は102bhp、トルクは87Nm。けれどもこの車輌は、それらの数値を誇示するようなことは決してありません。あくまでも、それらは沈黙の中に内包され、必要なときにだけ静かに目を覚まします。まるで無言の刀が、抜かれることなく力を放つように。シリンダーやクランクケース、あらゆる部位は、美しく精密に削り出され、ひとつの剛体として美しく整い、チタン合金のフレームは、構造体としての軽さだけでなく、その表面が放つ冷たい硬質の光までも計算され尽くされ、素材そのものが精神を背負うために存在しているかのような佇まいをみせます。フロントサスペンションには、Fior式ダブルウィッシュボーンが据えられます。アルミニウムのアームが空間を縫うように伸び、チタニウムのリンクとともに前輪を包み込むこの構造には、圧倒的な秩序と、機械にしか成し得ない静謐があります。ここにもまた、衝撃や荷重を処理するという工学的理由を超えて、整然と動くものへの信頼、そしてそれを支える知恵と祈りが見てとれます。リアセクションもまた、エンジンに直接結ばれるようにマウントされた削り出しのアームと、リンク式モノショックによって構成。上下の動きを吸収するための機構が、深く息をすることに似た動作に感じられるのは、この車輌全体に通底する品格と同期しているからでしょう。制動系には、Beringer製のキャリパーと320mmのディスク。触れる必要があるときだけ明確に応じ、余計な力を要さず、停止する。それはまるで、完璧に調律された楽器が、僅かな指先の動きで音を返すような応答のように反応します。前後17インチの削り出しアルミホイールは、視覚に訴える造形を伴いながら、実際の運動特性においてもこの車輌の精神を支えるために存在しています。ハンドリングは俊敏でありながら騒がしくなく、軽快でありながら落ち着いている。単なるスポーツ性ではなく精密という名の沈黙が、ライダーの感覚の延長として機能しているのです。ダガーの技術は、語るべき性能の羅列ではありません。あらゆる設計の奥にある、「なぜこうあるべきか」という問いに対する、ひとつの答えの積層。ライドするという行為は、その精密さと共振することであり、ダガーと共にあるとは、その静けさの中へ入り込むことでもあります。技術とは構造であり、構造とは意志であり、意志とは姿勢。この車輌が纏う精密は、限界まで研ぎ澄まされたあたたかさでもあり、機械と精神が溶け合っていることに、ふと気づく瞬間があります。それが、ブラフシューペリアダガーに宿る本当の性能なのかもしれません。
物語は、静かに幕を開けます。それは、まだかたちを持たない意志であり、誰の手にも触れられていない、純粋な構想の粒。ブラフシューペリア ダガーは、その輪郭を、フランス トゥールーズの空の下で少しずつ結び始めました。航空宇宙産業の中枢として知られるこの街には、精度を重んじる者たちが集い、見えない理念を物質へと翻訳する術を研ぎ澄ませています。ここは、単なる製造の現場ではありません。クラフトマンたちの誇りと、寡黙な矜持が息づく空間。チタンの繊細な振動、カーボンをなだめる手の動き、トルクレンチの僅かな抵抗 ── そうした瞬間の積み重ねのなかで、一台の車輌が静かに、しかし確かな意図をもって姿を現します。そこにあるのは効率ではなく、積極的に費やされる時間、目に見えない配慮、そして素材への深い理解。ブラフシューペリアの再興は、2013年のこと。Boxer Designを率いるティエリー アンリエットが掲げたのは、伝説の復元ではなく、過去と未来をつなぐ再創造という理念でした。この地で造られる車輌には、量産とはまったく異なる温度があります。切削とは、ただ形を削るのではなく、余計なものを削ぎ落とすという選択。部品を合わせるのではなく、整えるという感覚。作るのではなく、組み上げる。その違いを知る者たちだけが、この場所に集っています。ダガーに注がれる工程のすべては、あらかじめ決められた手順ではなく、その場で素材と向き合いながら選び取られる判断の連続です。数値には表せない肌感覚であり、知識と経験、そして直感が、静かに交錯する領域です。ひとつの車輌を、仕立てるということ。それは、ただの製造ではなく、輪郭のない未来にかたちを与える創造の営みです。生まれつつあるその存在に向けて、静かに手を差し伸べるように。職人たちは、言葉を持たない祈りを、その手の動きに託します。この車輌が、いつか誰かに必要とされるその時まで、崩れることなく、品格を保ったまま、そこに在り続けられるように。工房では、時間が違う速さで流れています。効率化とは異なる静けさのなかで、一つひとつの部品が意味を得ていく。その積み重ねが、やがてかたちとなり、名を持ち、魂を得ていきます。ダガーが持つ説得力は、スペックに書かれた数字ではありません。それは、見えない努力と配慮の総体 ── 丁寧という言葉では到底足りない、作り手たちの姿勢そのものなのです。
歴史とは記録ではありません。それは忘れられずに残った価値あるもの。語られ、継がれ、誰かの中でかたちを変えながら生き延びてきたものです。ブラフシューペリアという名もまた、そのひとつ。時代の波に埋もれることなく、かすかな灯を手渡すようにして、次の時代へと繋がれてきました。1919年、英国ノッティンガムに生まれたこのブランドは、当時すでにただのモーターサイクルではありませんでした。速度と品格の共存、そして乗り手の誇りとなるべき存在。ジョージ ブラフが描いたその理想は、単なる機械を超えた人格を持つ車輌の創造であり、S.S.100に代表される車輌たちは、ライダーという存在の姿勢までも映し出す存在となっていきます。このブランドの精神を体現した存在として、T.E.ロレンス ── アラビアのロレンスの名は、切っても切り離せません。彼は生涯で少なくとも7台のブラフシューペリアを所有し、その一つひとつに名を与え、日々の思考や夢想をその車輌とともに巡らせていました。S.S.100は、ただ速く美しいだけの車輌ではありませんでした。それはロレンスにとって、沈黙のうちに対話を交わす存在であり、感情の揺らぎを映す鏡のような存在でもあったのでしょう。その関係は、彼が最期に選んだ相手が、やはりブラフシューペリアであったという事実に、静かに証明されています。やがて、戦争と時代の変化は、この名を一度地中に沈めます。しかし、それでも完全に消えることはありませんでした。それは誰かの記憶となり、尊敬となり、憧れとなって密やかに残り続けたのです。そして2013年、フランス トゥールーズにて、その灯はふたたびかたちを得ます。ティエリー アンリエットの手によって。それは復元ではなく、継承された精神を新たな素材と時間で紡ぎなおす再創造という試みでした。S.S.100、ペンディン(Pendine)、アニバーサリー(Anniversary)、そしてロレンス(Lawrence) ── 歴史の地層に刻まれた名を辿るようにして、現代のブラフシューペリアは、新たな呼吸を得て生まれ続けています。そのなかで、ダガー(Dagger)は異端です。しかしそれは、道を外れたという意味ではなく、軌道を描き直したということ。同じ精神を宿しながら、違うかたちで現れたもうひとつの答えでもあります。ジャンビーヤ ── 1917年、T.E.ロレンスがアカバ攻略の成功により贈られた湾曲の短剣。それを常に身に帯びていたという逸話は、誇示ではなく、沈黙の誓いであったはずです。ダガーという名には、その記憶が濃く投影されています。敬意と連帯、そして言葉のいらない信義。名を継ぐこととは、そうした目に見えぬ何かを、絶やさぬように運ぶという行為なのです。ダガーは、歴史のなかから現れた新しきかたち。その誕生は、過去に対する敬意と、未来への構えが、ひとつの輪郭となった結果です。この車輌を前にしたとき、人は単なる過去を想起するのではなく、これから歩むべき時間の姿勢を、そこに重ねるのかもしれません。
| エンジン | |
|---|---|
| エンジン形式 | 997cc 水冷 DOHC 88°V ツイン 4 ストローク 各気筒 4 バルブ / チェーン+ギア複合カム駆動 |
| 最高出力 | 102 bhp(75 kW)/ 9600 rpm〈Euro 5〉 |
| 最大トルク | 87 Nm(64 lb-ft)/ 7300 rpm |
| 圧縮比 | 11 : 1 |
| 燃料供給方式 | 電子制御燃料噴射(Synerject ECU) 50 mm スロットルボディ × 2(各 1 インジェクター) |
| ギアボックス | 6 速 |
| クラッチ | 湿式多板クラッチ(油圧式) |
| 車体 | |
|---|---|
| フレーム | 削り出しチタンフレーム+チタン製サブフレーム |
| フロントサスペンション | アルミ削り出し Fior-タイプフォーク チタン製リンク式プリロード / リバウンド調整式モノショック(トラベル 120 mm) |
| リアサスペンション | アルミ鋳造スイングアーム(エンジン後部支点) プログレッシブリンク式モノショック(プリロード / リバウンド調整、トラベル 130 mm) |
| キャスター / トレール | 24.6° / 108.3 mm(フォークオフセット 37.1 mm) |
| フロントブレーキ | φ320 mm ステンレスディスク × 4 4 ピストン Beringer ラジアルキャリパー × 2 |
| リアブレーキ | φ230 mm ステンレスディスク × 1 2 ピストン Beringer ラジアルキャリパー × 1 |
| ホイール | アルミ削り出しホイール(7 本スポーク) |
| フロントタイヤ | 120/70 – 17″(リム幅 3.50″) |
| リアタイヤ | 200/55 – 17″(リム幅 6.25″) |
| 乾燥重量 / 配分 | 200 kg〈前後 50:50〉 |
| 限定生産台数 | 300 台 |
| 希望小売価格 (消費税10%込) |
¥ 13,926,000 |
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