Brough Superior | ブラフシューペリア : ティエリー アンリエット。ジョージ ブラフの哲学を現代技術で再解釈し、伝説に新たな命を吹き込んだ革新のビルダー。

ティエリー アンリエット
/ Thierry Henriette

── 挑戦と革新。
その不朽の精神と情熱

2013年 イタリアはミラノの地にて催された国際的なモーターサイクルショーにおいて、参集した観衆の注目を集め、驚嘆の声をもって迎えられたのは、長き沈黙を破り、見事なる復活を遂げた英国の至宝、ブラフシューペリアの雄姿でした。その復活劇の背後には、一人の情熱的な男の不屈の精神と、飽くなき探求心が存在しておりました。フランス、トゥールーズにてモーターサイクルディーラーを開業したティエリー アンリエットは、創業以来、常に革新への強い意志と、未踏の領域への挑戦という高邁な理想に導かれ、その歩みを決して止めることはありませんでした。かの伝説的な英国ブランド、ブラフシューペリアを蘇らせるという壮大な事業も、彼の情熱と革新の精神が生み出した偉業に他なりません。

彼の挑戦は、技術的な領域に留まるものではありません。自らの手によるシャーシ製造という困難な道程を踏破し、あたかも駿馬に名門の血統を注ぎ込むが如く、二輪の世界にランボルギーニの名を冠するモデルを世に生み出します。卓越した技術の粋を集めたオリジナルのアルミフレームを基盤とし、流麗なフルカバードカウルを纏うという、まさに夢幻の具現化。比類なき存在感を放つモデルで、二輪史に新たな金字塔を打ち立てました。前代未聞の壮麗なモーターサイクルの構想を抱き、それを具現化するべく尽力。さらには、先鋭的な冒険心をもって数々のプロジェクトに積極的に参画するなど、既存の産業構造をも揺るがすような、壮大なスケールの事業にも果敢に取り組んでいます。

この類稀なるフランスのブランドとの協働において、ティエリー アンリエットは、その創造性と技術力を遺憾なく発揮し、1999年のパリ モーターショーにおいて華々しく発表された自社設計による初のスポーツバイク、VB1に精悍な鼓動を刻む2気筒エンジンを搭載。トゥールーズに拠点を置く同社は、卓越した技術力を有するエンジンメーカー、Akiraとの緊密な連携のもと、高効率なターボチャージャーを搭載した独特の鼓動感を持つ88度V型2気筒エンジンを独自に開発。この先駆的な取り組みこそが、ティエリー アンリエットを、2013年に絢爛たる姿で蘇ったブラフシューペリアへと導く重要なキーパーソンとなりました。

「モーターサイクルを形成する各部品を一つひとつ取り外し、テーブルの上に並べたとしても、なおそれが技術的に完璧であり、かつ美しいものでなければならない」—— かつてティエリー アンリエットは、そう語り、フランスにおける二輪文化復興の精神を見事に言い表しました。この言葉は、時に理想論として受け取られるかもしれません。しかし、もし一度でもブラフシューペリアの現行モデルを目の当たりにしたことがあれば、その洗練された造形美と卓越した機能美が、単なる言葉を超えた真実であることを、きっと感じ取られることでしょう。たとえそれを手にする者は限られていたとしても、その一台一台に込められた技術への深い敬意と、創造に対する情熱は、見る者の心を打たずにはおきません。そして、その偉業から4年の歳月を経た後、ティエリー アンリエットは、豊かな歴史と伝統を誇るこの名門ブランドのオーナーという重責を担うこととなり、その卓越した経営手腕と情熱をもって、ブラフシューペリアを新たな高みへと導きました。さらにその後、彼は飽くなき挑戦心に突き動かされ、もう一つの英国が誇る名門、アストンマーティンとの新たな冒険へと、壮麗なる船出を果たします。

Brough Superior | ブラフシューペリア : ティエリー アンリエット。ジョージ ブラフの哲学を現代技術で再解釈し、伝説に新たな命を吹き込んだ革新のビルダー。

沈黙を破った
伝説の継承者

情熱と美学が呼び覚ました
ブラフシューペリア

1940年、第二次世界大戦の影がヨーロッパを覆う中、ひとつのブランドが静かに姿を消しました。英国ノッティンガムを拠点とし、「モーターサイクルのロールスロイス」と称されたモーターサイクル ── ブラフシューペリア。軍需転用による工場の接収により、生産は突然に幕を下ろされ、その名は長き眠りにつくこととなります。それは、企業活動の終焉という以上に、ひとつの工業美がこの世界から静かに姿を消した出来事でもありました。ブラフシューペリアがもたらした価値は、性能だけでは語り尽くせません。精緻な設計と気品ある造形。その名を神話の域へと押し上げた存在のひとりが、英国の軍人であり冒険家でもあったT.E.ロレンスです。彼が生涯にわたり深く愛したのが、まさにこのモーターサイクルでした。

そして70年以上の沈黙の果て、ブラフシューペリアに再び命を吹き込む者が現れます。フランス南西部、陽光と職人の伝統が交錯する地に生まれた創造者、ティエリー アンリエット。彼にとってモーターサイクルとは、単なる移動のための道具でも、商品という概念に収まる存在でもありません。それは、哲学の通った構造体であり、造形美の結晶であり、感性と精神の触媒とも呼べる存在だったのです。

2013年、アンリエットは静かに、しかし確かな意志をもって、封印されていたこの伝説を現代へ導く決意を固めます。彼が目指したのは復刻ではなく再構築。かつての名声に寄りかかるのではなく、その精神を蒸留し、いまの時代に響くかたちへと昇華させるものでした。ティエリー アンリエットの手によって蘇ったブラフシューペリアは、かつての誇りを宿しながらも、過去をなぞることなく未来を走る存在として、その名をあらためて刻み始めました。それは懐古でも模倣でもない。一台のモーターサイクルを通じて語られる、新たな創造の物語の始まりでした。

創造の原風景

ティエリー アンリエットを
かたちづくった記憶

南フランス、トゥールーズ。歴史と科学、工業と芸術が交差するこの街に、ティエリー アンリエットは生まれました。陽光に満ちた空の下、時折響くエンジンの音。それは彼の感性を静かに揺さぶり、機械という存在への直感的な憧れを呼び起こしていきます。幼い彼にとって、モーターサイクルは移動の手段の道具という認識だけではありませんでした。金属のなかに宿る緊張、美しさとしての構造。そうした要素が、目には見えぬ言葉となって、彼の内面に響いていたのです。青年期を迎える頃、日本製モーターサイクルを手に入れた彼は、それを解体し、改造し、自らの理想へと近づけようとしました。触れることで理解し、組み替えることで思想を探る。早くもその手には、造形と機能をつなぐ感性が宿り始めていたのです。

しだいに彼の手がけるモーターサイクルには、明確な個性が宿り始めます。速さと美しさ、構造と詩情 ── それらを矛盾なく一台に込めようとする姿勢が、周囲の注目を集めるようになっていきます。それは目を惹く造形を意図したものではなく、意味と機能の融合を追い続けた結果でした。1999年、アンリエットは自身の哲学をかたちにすべく、デザイン会社「ボクサー デザイン(Boxer Design)」を設立します。ボクサー デザインは、スタイリングにとどまる存在ではありません。設計と造形、技術と感性、そのあわいを自在に行き来しながら、数多のコンセプトモデルや特別仕様車を世に送り出していきます。

ヨーロッパの主要メーカーとの協業も進み、彼の思想は少しずつ、静かに、広がりを見せていきました。そのすべてに共通していたのは、派手さではなく内なる必然でした。かたちに宿るべき意味を問い、構造に宿るべき美を追う ── この姿勢こそが、やがて伝説と対峙するとき、確かな礎となっていきます。機械の中に精神を見出し、形の内側に哲学を宿す。そのまなざしは、少年の頃から変わることなく、ただ静かに、鋭く、深く、磨かれ続けていったのです。

Brough Superior | ブラフシューペリア : ティエリー アンリエット。ジョージ ブラフの哲学を現代技術で再解釈し、伝説に新たな命を吹き込んだ革新のビルダー。
Brough Superior | ブラフシューペリア : ティエリー アンリエット。ジョージ ブラフの哲学を現代技術で再解釈し、伝説に新たな命を吹き込んだ革新のビルダー。

運命の出会い

伝説がふたたび動き出す

2013年、ティエリー アンリエットの人生に、新たな章が静かに書き加えられます。長い眠りについたまま時を止めていた名 ── ブラフシューペリア。その伝説が、ふたたび鼓動を刻み始める前触れが、運命のように訪れたのです。きっかけは、英国の実業家マーク アッパムとの邂逅でした。ヴィンテージモーターサイクルの蒐集家として深い造詣を持つアッパムは、2008年にブラフシューペリアの名称権を取得。この失われた名を現代に甦らせるため、真にふさわしい創造者を探し続けていました。

求められていたのは、協力を申し出るだけの人物ではありませんでした。ブランドの歴史に敬意を払い、その精神を深く理解したうえで、それを現代の技術と感性によって新たな「かたち」へと昇華できる創造者 ── まさにその資質を備えた存在として、ティエリー アンリエットが導かれるようにして選ばれたのです。アンリエット自身も、ブラフシューペリアという名に、若き日の記憶を宿していました。その造形の気高さ、その名にまつわる物語 ── そして何よりも、T.E.ロレンスが生涯をかけて愛した存在であったという事実が、彼の胸に深く刻まれていたのです。

しかし、アンリエットはすぐには答えを出しませんでした。ただ名を借りるのではなく、精神を継ぐということ。それは、過去・現在・未来すべてに対して誠実でなければならない創造者の責任を意味していました。彼は沈黙のうちに思索を重ね、やがてその問いに「引き受ける」という静かな答えを見出します。復刻ではなく、再構築。それこそが、自身の哲学と重なり合うものであると、彼の中で確信が生まれていたのです。アンリエットは、自身の設計チームと製造基盤を提供するかたちでプロジェクトに参加し、その代わりにアッパムとのあいだで長期にわたるライセンス契約を結びます。それは形式上の協定にとどまらず、ブランドの未来に対する責任と創造の自由を託された証でもありました。こうして二つの意志が重なった瞬間、時の止まっていた伝説はふたたび静かに動き始めます。振り返るだけではない。ティエリー アンリエットの旅は、過去に敬意を捧げながらも、未来へと続く新たな軌跡を描き始めたのです。

魂の造形者

美を追い続ける眼差し

ティエリー アンリエットにとって、モーターサイクルの創造とは、設計図に線を引く作業にとどまりません。それは、かたちを通して思想を掘り起こし、走行性能という機能の中に、美という輪郭を見出す試みです。一台の車輌が完成しても、彼の思索は止まることなく、つねにその先へ、その奥へと深化していきます。

フランス南西部、サン=ジャン。トゥールーズ近郊に構えられたブラフシューペリアのファクトリーでは、ティエリー アンリエットが設計と製造の中枢に立ち、ブランドの哲学と品質を守り続けています。彼のまなざしは、創業者としての立場に安住するものではなく、常に現場に寄り添い、構造と造形の精度に対する揺るぎないこだわりとして結晶化されています。アンリエットの設計哲学は明快です。美しさと速さは決して矛盾しない。むしろ両者が調和したとき、構造ははじめて「命」を帯びる。空力や剛性、重量配分といった数値化される性能の中にも、彼は造形としての必然を宿らせようとします。曲線には意志があり、線には理由がある。構造そのものが詩のように語りかけてくる ── そうした確信が、設計の一線一面に静かに息づいているのです。

彼の手によって生まれる一台は、観賞されるための芸術作品ではありません。それは、走ることを使命とする構造体であり、速度と造形が対話する生命体。そしてその走りの中にこそ、アンリエットの哲学と思想、そして信念が宿っています。彼は常に自らに問いかけています。美とはなにか。速さとはなにか。そして、人は機械とどのように向き合うべきか。その問いの一つひとつが、一台の車輌としてかたちを与えられ、静かな意思となって、いまこの世界を走り続けているのです。

Brough Superior | ブラフシューペリア : ティエリー アンリエット。ジョージ ブラフの哲学を現代技術で再解釈し、伝説に新たな命を吹き込んだ革新のビルダー。
Brough Superior | ブラフシューペリア : ティエリー アンリエット。ジョージ ブラフの哲学を現代技術で再解釈し、伝説に新たな命を吹き込んだ革新のビルダー。

未来を走る思想

終わりなき創造の旅路

ティエリー アンリエットの創作には「完成」という言葉が存在しません。モーターサイクルをかたちにするとは、終わりのない問いに対し、構造と造形によって応答し続ける行為だからです。ひとつのモデルが世に出たその瞬間さえ、彼にとっては通過点に過ぎません。次なる美学へ、次なる哲学へ ── その歩みは、静かに、しかし止むことなく続いていきます。

彼が手がけるブラフシューペリアとは、過去の栄光を再現するための復刻ではありません。それは、歴史への敬意を深く抱きながらも、いまこの時代に生きる造形として再構築され、そして未来へと橋を架ける思想の媒体として存在しているのです。技術は日々進化し、素材は洗練され、かたちもまた、時代とともに移ろっていきます。しかし、そこに込められる核──人と機械がいかにして共鳴できるかという問い ── だけは、揺らぐことがありません。アンリエットが追い求めてきたのは、美しさの定義ではなく、速さの記録でもない。それは、人とモーターサイクルという存在が交錯し、響き合い、生きた意味をともに描けるかという、静かな命題。

彼が走らせているのは、車輌そのものではありません。それは、かたちを帯びた思想であり、鉄と光を纏って発せられる問いかけなのです。その意志は、いまも風の中を進み続けています。どこか遠くで、誰かの人生と重なりながら ──。終わりはありません。創造とは、いつも「次のかたち」を探し続ける旅。それが、ティエリー アンリエットという創造者の、今もなお続く道なのです。